最近注目されているSTEAM教育をご存じですか?
他にも用語が似ているSTEM教育というものもあり、それぞれがどのような教育なのかわかりにくいですよね。
ここでは、STEM教育とSTEAM教育が生まれた経緯、それぞれの違いについて、ライフサイエンス系博士(本ブログの管理人)が解説します。
それぞれの教育が誕生した経緯を知ると、STEM教育とSTEAM教育がどのような教育なのか理解しやすいと思います。
目次
STEMという言葉ができた経緯
STEM教育のSTEMという言葉はScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとった造語で、2001年にアメリカで命名されました(参考文献1)。
2001年以前はSTEMという言葉ではなく、頭文字の並び方が異なるSMET(Science, Mathematics, Engineering, Technology)という言葉が使用されていましたが(1989年~2003年頃まで)、SMETの発音がsmut(汚れ、すす、猥談などの俗悪さを意味)の発音に似ているという教育の言葉として適していない部分がありました。
そこで、イメージを刷新するために文字の並び方を変えてSTEMという言葉が誕生することになりました。
教育に関係するので、言葉の響きは大事ですね。
アメリカでできたSTEM教育
STEM教育はアメリカで誕生し、実施されてきた教育です。
日本ではSTEM教育はこれまでほとんどなじみがありませんでしたが、アメリカの教育なのでそれもそのはずですね。
STEM教育が誕生したきっかけは、1957年にソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)がスプートニク1号という人工衛星の打ち上げに世界で初めて成功し、アメリカが防衛上の脅威を感じた「スプートニクショック」になります(参考文献1)。
当時のアメリカ社会における産業競争力強化の必要性からSTEM教育は生まれました。
ただし、90年代ごろまではSTEM(SMET)教育はアメリカであまり普及しなかったようです。
2001年にSTEMという言葉が使用されるようになってからは、アメリカでSTEM教育の重要性が広く認識されるようになりました。
そして、2015年にはアメリカでSTEM教育法が成立しています。
STEM教育とは
STEM教育の目的は、2010年のScience誌の文献を基にする以下の2点に集約されます(参考文献2,3)。
1. すべての市民の科学技術に対するリテラシーを醸成すること
2. 科学技術関連のスペシャリストを育成すること
これらの目的を達成するためのアプローチは、関係する教科間に関連性を持たせ、教科横断的な学習を展開することを基本としています(参考文献2)。
ただし、関連性の持たせ方には複数の方法があります。
共通のテーマに基づいて個別の教科でそれぞれ資質・能力を育成するアプローチ、
教科横断的に共通する資質・能力を育成するアプローチ、
教科の垣根を取り払って実世界の問題を解決する中で総合的な資質・能力の育成を目指すアプローチ、
というように教科の統合レベルに差異があり、アプローチの方法にも試行錯誤が見られます。
期待ほどの成果が上がらなかったSTEM教育
アメリカでは2000年代以降STEM教育が推進されましたが、期待したほどの成果は得られませんでした(参考文献1)。
例えば、2006年には全米学術会議がアメリカのSTEM領域の教育が十分な成果を上げていないことを指摘しています。
2007年にはアメリカCOMPETES法が議会を通過してSTEM教育の促進が行われましたが、2011年の全米学力調査では十分な学力向上が認められませんでした。
また、2018年に発刊された“From STEM to STEAM”(第二版)では、STEM科目での全米学力テストの成績が向上していないことが挙げられ、アメリカでのSTEM教育の展開に限界があることも指摘されています。
STEAM教育の登場
STEM教育は、20世紀中後期のアメリカ社会における産業競争力の強化というニーズによって生まれた関係上、関係する教科は理数教科に偏っていました(参考文献2)。
STEM教育が期待された成果を出せない中、STEM教育を拡張する新たな教育としてSTEAM教育の考え方が2006年に提唱されました。
STEAM教育は、従来のSTEM教育に芸術(Arts, Art)をさらに統合させた教育で、芸術が適切に加わることで問題発見・解決に対する資質・能力の育成に関してより自然な教科間の連携や統合を行うことができると考えられています(参考文献2,4)。
ただし、芸術のとらえ方には複数の考え方があり、Artを美術に限定したタイプ、Artsにリベラルアーツを包含したタイプ、Artsにリベラルアーツ、ソーシャルアーツ、ランゲージアーツ(言語芸術)、ファインアーツ(審美芸術)、ミュージカルアーツ(音楽芸術)、フィジカル・アーツ(体育・身体性芸術)、ドラマ(演劇芸術)、マニュアルアーツ(手工術,家政術)等を包含したタイプなど多様性があり、定まっていません(参考文献5)。
アメリカでは2015年に制定されたSTEM教育法が2017年に「STEM to STEAM act of 2017」(STEAM教育法)に改正され、STEM教育からSTEAM教育にシフトしています(参考文献6)。
STEAM教育|理数教育に芸術が統合されることによる影響
STEM教育では、自然現象、人間の日常生活の中での技術的、工学的な課題解決のため、1つの解決策を目指す傾向(収束思考)があります(参考文献1)。
一方、芸術(Arts, Art)は収束思考よりも、芸術を行う個人の主観的価値観が優先するため、個人個人で異なる解決策を模索する傾向(拡散思考)を促します。
STEMに芸術が統合されることにより多面的見方が促され、STEAM教育ではSTEM教育では導き出せない新しい解決策を生み出せると考えられています。
例えば、芸術の統合によりSTEM教育だけでは困難な以下の8つの認知的能力が促進され、それらが革新的な解決策を生み出すことに貢献する可能性があります。
芸術により促進される8つの認知的能力(参考文献1)
- 関係性を認識できる
- 微妙な意味の違いに気付ける
- 課題解決、質問の回答に多様性があると理解できる
- 途中で目的を変えられる
- 規則にない決断を許容できる
- 内容の情報源を想像できる
- 抑制の中での活動を容認できる
- 美学的視点から世界を見られる
STEM教育とSTEAM教育の違い
以上で説明したように、STEAM教育はSTEM教育に芸術を統合させて拡張した教育です。
STEM教育とSTEAM教育の違いは以下の表のようにまとめられます。
表. STEM教育とSTEAM教育の違い
STEM教育 | STEAM教育 | |
教育が誕生するきっかけとなった年 | 1957年 | 2006年 |
芸術(Arts, Art)の統合の有無 | 無 | 有 |
解を導く時の思考 | 収束思考 | 拡散思考 |
適合する社会のタイプ(参考文献7) | 情報社会 (Society 4.0) | 超スマート社会 (Society 5.0) |
日本でのSTEAM教育
日本でもSTEAM教育の重要性が認識され、教育として実施されつつあります。
2019年には経済産業省が「未来の教室」ビジョンを提言し、目指すべき「未来の教室」の実現に向けた3つの柱として、「学びのSTEAM化」「学びの自立化・個別最適化」「新しい学習基盤づくり」を掲げました(参考文献8)。
文部科学省の資料(参考文献9)によると、STEAM教育は高等学校における教科等横断的な学習の中で重点的に取り組むべきものとされ、今後は高等学校を中心にSTEAM教育が実施されていくと思われます。
ただし、文部科学省の資料(参考文献9)では、STEAM教育を受ける土台作りとして、幼児期からのものづくり体験や科学的な体験の充実、小学校、中学校での各教科等や総合的な学習の時間における教科等横断的な学習や探究的な学習、プログラミング教育などの充実に努めることが重要であると指摘されています。
小学校、中学校においても、児童生徒の学習の状況によっては教科等横断的な学習の中でSTEAM教育に取り組む可能性があります。
また、STEAM教育に関連した民間企業の教育サービスもあり、習い事としてSTEAM教育を受けることもできるようになってきています。
STEAM教育とそれに関する習い事は関連記事「STEAM教育は子供が未来で活躍するために重要!?いつから始める?」で紹介しています。よかったらそちらも読んでみてください。
まとめ
STEM教育とSTEAM教育が生まれた経緯、それぞれの違いについて紹介しました。
STEAM教育はSTEM教育(理数教育)に芸術を統合させて拡張した教育です。
STEMに芸術が統合されることにより多面的見方が促され、STEAM教育ではSTEM教育では導き出せない新しい解決策を生み出せると考えられています。
STEAM教育は日本の目指すべき「未来の教室」の実現に向けた3つの柱の1つとして挙げられるほど、日本でも教育として重要視されています。
今後、日本でもSTEAM教育が本格的に進められていくことになります。
ただし、学校でのSTEAM教育の実施にはもう少し時間がかかるため、子供には習い事などでSTEAM教育を受けさせるとよいかもしれません。
参考文献
- 胸組虎胤. STEM 教育とSTEAM 教育 ―歴史,定義,学問分野統合―. 鳴門教育大学研究紀要 2019 34:58-72.
- 黒田昌克, 森山潤. STEM/STEAM 教育の観点から見た小学校プログラミング教育の在り方に関する研究課題の展望. 兵庫教育大学学校教育学研究 2020 33:189-200.
- Bybee RW. What Is STEM Education? Science 2010 329:996.
- Yakman G.STEAM Integrated Education: an overview of creating a model of integrative education, Pupils attitudes toward technology.2006 Annual Proceedings, Netherlands 2006.
- 山崎貞登, 磯部征尊. 日本発STEAM教育におけるEngineering,Designと他学術分野との関係性と担当教員の継続的専門職能発達の条件整備. 上越教育大学研究紀要 2020 40(1):295-305.
- 畑山未央, 上野行一.STEAM 教育における美術と異領域の統合原理の考察(1)―STEAMのAの位置づけに焦点化して―. 日本科学教育学会研究会研究報告 2020 34(6):1-6.
- 山崎貞登ら. Society5.0を支えるSTEAM/STREAM教育の推進に向けた小学校教育課程の教科等構成の在り方と学習指導形態. 上越教育大学研究紀要 2020 39(2):525-538.
- 「未来の教室」ビジョン:経済産業省「未来の教室」とEdTech 研究会 第2次提言.経済産業省 2019. https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/mirai_kyoshitsu/pdf/20190625_report.pdf
- STEAM教育等の教科等横断的な学習の推進について. 文部科学省初等中等教育局教育課程課. https://www.mext.go.jp/content/20210714-mxt_new-cs01-000016477_004.pdf
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